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バリューの親方
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私は天童に住んでいますが、出身は酒田です。
で、どんなオヤジだかと言うと・・・・
こんなオヤジなんです。詳しくは、http://www.value-c.jp/outline.html

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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2011年03月27日

便利モノ

 今回の震災の影響で感じたことは、今の世の中、あまりに便利になり過ぎたということでした。

また、不便な頃を知っている昔人?がまだまだ残っていることが幸いでした。昔はこうやったんだ、昔はこうだった。平時にこんな事言うと、回顧主義とか、時代錯誤などとうざったがられるのがオチですが、そんな時代が現実のものとなりました。

携帯が使えない。全ての情報伝達を携帯に頼っていた人は、パニックです。言うに事欠いてこの携帯通信会社は、こんな災害時にちっとも使えない!!と吐き捨てた人・・・居ませんでしたか?挙句の果てに電池切れ・・・。

そこで登場が、公衆電話に携帯・・・ラジオです。今どき公衆電話は探してもなかなかないんです。さらに携帯ラジオなんて、ほとんどありません。オーディオに付いているか車のラジオが関の山ですが、どちらも乾電池では動きません

さらに、暖房は湯たんぽに火鉢、ちょっと贅沢して反射式石油ストーブ、照明はローソクに懐中電灯、風呂はシャワーを使わず被り湯で体を洗い流す、冷凍食品は自然解凍で湯センで暖める、冷蔵は屋外か雪の中、ご飯の後は茶碗にお湯を注いで漬物で洗いながら飲む。お湯はその都度やかんで沸かす、セーターはとっくり、ソックスは2枚履き、通勤は徒歩か自転車、などなど。そして、早めに寝て、明るくなったら起きる

これが当たり前だった時代があったんですよね。それもちょっと前まで。
いつからこんなに便利に、そしてずぼらに、そして手抜きになったんだろう。

でも、また慣れたらすぐ戻るんだろうな。映画やテレビでは昭和30年代を懐かしんでるけど、各家庭で実体験として思い出したんじゃないでしょうか。特に若い世代には、これがsyowa?ってとこでしょうね。

教科書には昔、高度経済成長した「昭和」という時代もありましたなんて紹介されているんですから。

今回は被災して、食べ物も十分届けられないという避難所もあったと聞きますが、被災地には申し訳ないことですが、停電で「ハレの日」用に冷凍していた食材が解凍し始めたのと、スーパーやコンビにが閉店していて食料が変えなかったので、冷蔵・冷凍庫の在庫処分と棚卸を同時にやりました。

不謹慎なお話なのですが、キャンドルの灯し火の中で慎ましやかに食べた夕食は、結果的にいつもより豪勢なメニューになってしまいました。

「こんなの食べてていいのかねぇ・・・」
という懺悔の問いに、「腐らせて捨てるよりは、よっぽどいいでしょ!!食べられない人も居るのよ!ありがたく頂きましょうよ。」でした。妙に納得。

そして、一番時代の流れを感じたのが、ハム
食べるハムではなく、アマチュア無線です。携帯電話がない頃は、唯一身近な無線の通信手段でした。運用するには国家資格が必要です。サバイバルツールに入っていたハンディトランシーバーを取り出し、出力いっぱいに呼び出しチャンネルで呼び出してみました。

「ハローCQ,CQ,CQ。こちらはJM7SSM。ジュリエット・マイク・セブン・シアラ・シアラ・マイク。JM7SSMです。どちらかお聞きのステーションございませんか?」

何度繰り返しても、応答ゼロ。
もう、アマチュア無線なんて、やってる人いないのかなぁ。
確かに、アマチュア無線を扱っていた電気屋は、どこも携帯電話屋に商売替えしてるからなぁ~。無理もない・・・。

さて今日は、宮城県の自宅避難の知人宅へ、個別支援に出かけます。
いずれにしても心配なのは、余震や津波は言うに及ばず、肝心要の燃料との勝負です。
  


Posted by バリューの親方 at 09:54