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プロフィール
バリューの親方
バリューの親方
私は天童に住んでいますが、出身は酒田です。
で、どんなオヤジだかと言うと・・・・
こんなオヤジなんです。詳しくは、http://www.value-c.jp/outline.html

2011年12月31日

大晦日2011

 晴れたり曇ったり、降ったり止んだりと本当に激動の2011年を締めくくるような大晦日です。
震災による建材不足、夏からの足場不足職人不足が直撃しましたが、なんとかかんとか回避しながら施工現場を維持することが出来ました。押せ押せになって、歳を跨いでの現場も数多くあります。

 今回の工事を維持できたのは、今年注目された「絆」「つながり」以外の何物でもありませんでした。
facebookを使い、あるいはこのブログを使い、友人知人のネットワークを使って、数々の不足を訴え続けました。

 友達の友達の、そのまた友達の友達が協力を申し出て下さったケースが、数多くありました。それは山形県内に留まりません。
常日頃の「他者への接し方」の大切さを身をもって知った一年でした。また、変化への対応こそが経営者に求められる最大にして必須の能力であることも再認識しました。

 来るべき2012年も、今年以上に変革や激動が世界規模で起こることでしょう。
今年は急激な変化に対応するのが精一杯でした。
これからは、変化を逆手に取るか、はたまた変化の先で待ち構えている体制が必要であると感じています。

 地場工務店や地方おビルダーの数は、半分になるだろうという恐るべき予測も出ています。しかも数々の論拠を見るとさもありなんと思います。優良中古住宅市場を形成促進、そして新築住宅抑制に舵を切った国交省も、これを容認したかに見えます。

特に建築業界は関連法令が多く、監督省庁や行政からの指導や指針、はたまた法改正の大波に晒されやすい業種です。

 世の中が混乱するときは、必ずといっていいほど大きな改正が行われます。これに即応するか、これを先回りして準備しておく他に方法はありません。それができるか否かで、最悪の場合、業界から名前が消えてしまう年にもなり得ます。

 ただ、被災地への便乗と言われるかもしれませんが、民主党内で決定を見た「消費増税」でも、住宅購入時の消費税は、軽減されることが盛り込まれています。これでだけでも、業界やマイホームを夢見ている子育てファミリーには随分助かります。

いずれにしても、間もなく激変の2012年の幕が切って落とされようとしています。
まさに「我社の興廃この一年にあり、各員一層奮励努力せよ。本年、天気晴朗なれども波高し」です。
乾坤一擲、前進あるのみ

ブログをお読みの皆様にとりましても、来るべき2012年が、幸多からん歳でありますようにお祈りいたしております。
来年もよろしくお願いいたします。


  


Posted by バリューの親方 at 12:59

2011年12月30日

12月30日

 私の53回目の誕生日です。
私の誕生日を祝して?か、降り続いた雪も小康状態を保っています。

 私の誕生日が誕生日だけに、学校に行っている頃は冬休み中、そして社会人になったら年末年始休暇中ということで、お祝いやプレゼントには縁遠い誕生日でした。縁遠いどころか、クリスマスプレゼントも誕生日プレゼントも正月のお年玉も全部一緒にという塩梅です。

ところがこの頃、Facebookというソシアルネットワークが盛んになり、今週あるいは今日、誕生日を迎えるお友達がいますとメールで教えてくれるようになりました。
それを聞きつけた友人知人が一斉にお祝いメッセージを送ってくれました

生まれてこの方、こんなに大勢の方々から「誕生日祝いのメッセージ」を頂戴したのは、初めてです。
改めて、ネットワークの繋がりの凄さを実感した次第です。

 私の誕生日は、産んでくれた母へ感謝する日これまで生かしていただいた多くの方々へ感謝する日、そして、危険な趣味であるヨットで私の命を支えてくれている安全備品への感謝と整備の日と決めています。

前の二つは、心で念じまますが、安全装備は点検し、磨きこんで、キッツチリ収納するようにしなければなりません。

ライフベスト、ライフハーネス、遭難発信機、無線機、GPS、緊急フラッシュライト、防水ライト、緊急ホイッスル、シーナイフ、レーダーリフレクター、反射板、サバイバルキット、応急手当キット、ダイバーウオッチ、セーリンググローブ、カッパ、ゴム長靴・・・・・・・とにかく、セーリングバッグの中をひっくり返して、それぞれを塩出しし、さび止めを施し、電池を入れ替え、防水を完全にして再度バッツグに入れ込むという作業です。

一つ一つ見ていくと、幸い一度もお世話になったことのない安全備品も数多くあります。ずっと使わないで済みますように、そして来年も生きていて、また整備することが出来ますようにと念じながらの丁寧な丁寧な作業です。

来年も沢山ヨットに乗れますように・・・・そしてそれだけの余裕が生まれる仕事に恵まれますように・・・。
さてさて、四方に手を合わせ感謝し、新年を迎える準備に取り掛かるとしますかね。
  


Posted by バリューの親方 at 13:00

2011年12月29日

年の瀬

 今年もあと3日
きっと、もう休みに入った会社も多いことでしょう。
私どもも元旦を除き、来年1月10日までの間に、規定の休みをそれぞれ交代で休む年末年始シフトに入りました。

今年は震災の影響で、住宅の工事が押せ押せにになり、玉突きのようにずれ込んでしまいました。施主様には大変なご迷惑をおかけしています。
建築の現場も不眠不休の挽回を試みています。

本来であれば、現場の職人さんたちを招いて、1年のご苦労に報いるべく一献差し上げたいところではありますが、施主さんのことを考えるとそうも言ってられないのが実情です。
冬場の工事は、天気次第。私は1時間ごとに気象情報とにらめっこしています。
村山地方の雪は小康状態ですが、そう長くはもたない気圧配置です。あと何時間かこのままで・・・と祈るばかりです。

現場は、尾花沢から山形までの間で、6現場が同時進行しています。しかも、27,28日に天候の間隙を縫って「建て方」を開始した現場が2現場含まれます。
これらは、年内に上棟し、ブルーシートですっぽり包み込んで歳を越さねばなりません。時間との勝負、雪と追いかけっこといったところです。

現場の一角、仁王立ちで、見ていると・・・・・
「社長にず~っと睨んでられてると緊張するから、事務所で待っててください。必ず間に合わせますから!!」と逆に、職人さんたちから激励?されたので、すごすごと戻ってきました。

こういう時期は、事故も起こりやすくなります。
安全第一、安全は全てに優先する。備えよ常に!!と現場施工監督たちにメールして、オヤジはおとなしく事務所待機し、神々に手を合わせ、神棚の新年の用意をすることにします。










  


Posted by バリューの親方 at 13:31

2011年12月25日

予算

今日は、各紙とも来年度予算案が閣議決定されたというので埋め尽くされていました。
凄いですね~。億なんていう単位は当たり前。兆なんていう単位がゴロゴロしています。兆ってゼロの数、いくつつけるんだったか・・・。

 私どもなどは、一生で最大の買い物と言われる住宅を販売していますが、それだって1千万円台ですから、どんだけすごい数字なのかがわかります。

それにしても、上手いことを考えましたね~。手形を切っといて現金と化すまでは、予算に組み込まないというのですから、これを玉虫色と言わずになんと言うのでしょうか。

 収入より多い借金をして事業予算を組むのですから、普通の会社ならとっくに債務超過で、破産に追い込まれています。危ない危ないといわれているヨーロッパ諸国の比ではありません。いくら忍耐強くロイヤリティの高い日本の個人や法人でも、抱えきれずに国債を売りに走るようなことがあれば、〇〇〇ファンドの餌食です。ほんの数日間で国家破綻の憂き目を見る危険すら・・・・

しかし、この予算、よくよく見ると、拘らなくてもいいマニフェスト項目に拘り、拘らなければならない項目は、お題目だけのご都合主義に彩られています。ヨミが甘かったでは済まされるようなレベルはとっくに過ぎ去っています。

大震災が起こったときの大変な政権であることは十分理解できますが、掲げたマニフェストをここまでないがしろにしてしまっては、これを信じて支持した国民からは「詐欺同然」と言われても致し方ないと気もしますね。

とは言え「それじゃ、明日からあんた代わって!!」と言えるような代議士がいないのも、これまた事実です。党利党略を最重要課題に置かなければならないような選挙制度も考え物です。

来るべき明るい2012年も、なんだか怪しくなってきたような気がするのは私だけでしょうか・・・。

  


Posted by バリューの親方 at 13:55

2011年12月24日

再訪問

ほぼ八ヶ月ぶりに気仙沼に行ってきました。
震災直後は、直視できないような状況でしたが、今は平原が広がっていました。瓦礫も片付けられています。確かな復興の槌音も聞こえてくるかのようでした。

 気仙沼は、気仙沼高校のヨット部があることで、後輩も数名おりますし、三陸では最も身近に感じる土地でもあります。
私どもで復興のお手伝いが出来るとすれば、家造り。しかも予算的にロープライスが最低条件ですから、これまで培ってきたコストダウンの技術が発揮できるかもしれません。

さらに、今回求められるのは、超短工期です。
気仙沼では、大手のハウスメーカーもプレハブで営業し、受注活動をしていました。実際、新築現場もいくつかありましたが、近くは岩手ナンバー、遠くは関東のナンバーの工事車両が停まっていました。

 後輩のご両親が住まわれる2DKの仮設住宅へもお邪魔して、お話を伺いましたが、毎日のようにポスティングチラシが入ってくるようですし、週末にはモデルハウス内覧会なども行われているそうです。

ただ、注文しても1年先か2年先と言われるのが関の山で、最短の会社でも8ヵ月後というのがあったと言ってました。

不動産会社も何件か回ってみましたが、開店休業状態で、売る土地も無ければ、貸せる賃貸もないとのこと。
気仙沼には、まったく売り土地がなくなっていると言ってました。価格も震災前の2倍に近づきつつあり、ごくごく最近、やっと出てきた売り地が3倍の値段がついたと言ってました。

 賃貸は、1時間圏内の一関登米なども賃貸は無く、遠方から来ている職人たちが寝泊りするところにも困ると言ってました。街をぐるぐる回っていると、ぽつんと平原に取り残された3階建てマンションがありました。不思議なことに外観は無傷です。

 入り口には、「貸室あります」と出ていたので、電話してみました。2LDKで58,000円でした。聞けば、津波で被災したが、何とか補修して貸しているといいます。次から次と問い合わせが来るのだそうです。
ここを借りたとしても、あたり一面平原ですし、街灯も店もなく、夜は随分寂しいだろうなと思いました。

 今、私どもが考えているのは、2×4工法で工場にて内装まで全て作りこみ、これをトラックに分割して積み込んで、現地で組み上げるユニット工法です。
これなら完成まで1週間で仕上がりますし、とび職さえ居れば不足している大工もさほど必要ありません。しかも、かなりのロープライスで作り上げることができます

 それにつけても、寝泊りする場所は必要です。最悪、キャンピングカーかヨットを気仙沼港へ回航して・・・などとも考えています。

いずれにしても、仮設住宅に住まわれている被災者は、劣悪な居住環境に、疲れきっているのがよくわかりました。一日でも早く落ち着ける家に住まわせてあげたいと、出来うる限りの支援はしたいと考えています。

1日半、現地を駆けずり回りましたが、私にとってはイイ場所を見つけました。
復興屋台村です。小さいながら15軒ほどのお店が入っています。お客も全国から来ていて、お国訛りで、夜な夜な交歓会が催されているそうです。地元でお金を落とすのも復興支援とばかり、杯とお箸が進みます。

地酒と地魚で、被災地であることをを忘れるような一夜を過ごさせていただきました。


気仙沼の夜明け。右の漁船用岸壁は、満潮時には水面下でした。


二重窓にはなっていましたが、喚起が悪く天井には結露して水滴が沢山付いていました。


なんか、こういうのを見ると、元気になりますね。


どうです? いい感じでしょ・・・。


なんとかなる気仙沼・・・微力ながら、なんとかしてあげたい。

  


Posted by バリューの親方 at 14:34

2011年12月20日

出会い

 人生最も大きな出会いは、家内との出会いであることは疑う余地はありませんが、私にはもうひとつの大きな出会いがあります。

それはヨットとの出会いです。
私は小学生の頃に、港町の酒田で育ちました。
土曜日の放課後や日曜の早朝に港へ船を見に行くのが大好きでした。いつかは船乗りになろうと、ボーイスカウトではなく海洋少年団にも入っていました。

父親の転勤で中学時代の半分は、新潟で過ごしました。鳥屋野潟に程近い紫竹と言うところです。
ここで週末は、貸しボートを借りて、鳥屋野潟に注ぐ栗ノ木川をどんどん遡上して行き、水上の遊びの危険と楽しさを知りました。

 そのいつもボート遊びをしていた親友のお父さんが、そんなに船が好きなら今自作しているY15に乗せてやると、進水式当日に乗せてもらいました。これがヨットとの出会いです。
当時は、鳥屋野潟にも、ウッドのディンギーが置かれていたように記憶しています。

そのお父さんから、舵誌オーシャンライフ誌というマリン系雑誌を借りてきては、読みふけりました。
その後、山形へ転校になり、海とは全く隔たる生活をしていました。

 そして、高校3年の春の週末のことでした。
東京に憧れて、一人で東京ミニ周遊券を学割で購入し、夜行列車で上京しました。
上野駅に早朝に着いて、どこも空いていないので、周遊券が使えるぎりぎりの所まで行ってみようと、あてもなく行き着いたのが、神奈川県の逗子という駅でした。駅を出て、どんどん歩いていくと、やがて海岸に出ました。

あ~!!海だ!海だ!と独り言を言いながら、砂浜に腰を下ろし、駅で買ったパンと牛乳片手に、春の陽にキラキラ輝く海を眺めていました。

その海面の彼方へ、純白のセールを張ったディンギー群が、コックリ、コックリとピッチングしながら出艇して来ました。
今考えれば、あれは葉山の浜から関東インカレ六大学戦へ出艇してきた各校のディンギーだったのでしょう。

その朝の光景が忘れられず、入学と同時にヨット部へ入りました。
これが二度目のヨットとの出会いでした。
ただし、そこが同好会やサークルではなく、泣く子も黙る「体育会」系の「校旗を頂く」本チャンのヨット部だと、しばらく経ってから知りました。

それからは、一にヨット、二にバイト、三、四がなくて五に学校いや五に試験の学生生活でした。
でも、お陰で一生の趣味と仲間を手に入れることが出来ました。  


Posted by バリューの親方 at 06:05

2011年12月19日

MSG

たまたまチャンネルを回していたらNBAの実況をやっており、会場がMSG と出ていました。
これって、もしかしてマディソン・スクウェア・ガーデン?懐かしい!!

 学生の頃、全員持っていたと言っても過言ではなかったマジソンバッグ・・・。修学旅行、全員コレみたいな時代がありました。

淡い濃紺に白文字でMADISON SQUARE GARDEN   SPORTSMAN CLUB   boxing wrestling footballと記され、ドイツ軍のマークのような鷲が羽を広げたトレードマークが描かれていました。そして憧れのU.S.Aと・・・。

 当時、アメリカへ旅行に行く知人に、本場のマジソンバッグを買ってきてと頼み込み、帰国後に話を聞いたら、確かにMSGはあるのだそうですが、スポーツマンズクラブなどは存在せず、だいたいにしてそんなバッグは売っていなかったと、そこで売っていたタオルかなんかをお土産にもらった記憶があります。

随分後になって聞きましたが、このマジソンバッグ、かの有名なバッグメーカーのエースが日本で勝手にアメリカをイメージして作ったのだそうです。

 でも、このバッグ2,000万個売れたというのですから、冒頭の全員持っていたという表現もあながちウソではないようです。
だって、1億人の人口なら、5人に一人ですよ。爺さんから赤ちゃんまで入れて・・・。それを考えたら凄いですね。メーカーという商売は、一発ヒットが出ると信じがたい数字をたたき出すと言うのも頷けます。

ただ、これには後日談があり、エースの出荷記録では1,000万個だそうで、残りの1,000万個は、今はやりのパチモン、いわゆるコピー商品の廉価品だそうです。そう言えば1,000円そこそこで買えた記憶があります。きっと、私が持っていたのもコピーだったのでしょう。

それ持って夜行列車で上京し、受験に行った記憶があります。
当時、アメリカは憧れでした。東京で初めてFEN Tokyoを聞いたときも鳥肌が立ちました。そんなアメリカを思わせてくれた、私にとっては夢が沢山詰め込まれたバッグだったことは間違いありません。  


Posted by バリューの親方 at 06:03

2011年12月18日

汽車通

私たちの時代、列車での通学は「きしゃつう」と呼んでました。
汽車は死語でしょうから、今はさしづめ 「電車通」というのでしょう。私どもの頃は、さすがにSLではありませんでしたが、ガスカーと呼ばれてました。オレンジ色のディーゼル機関車があずき色の列車を引くのでした。

 いつも乗る場所が決まっていて、制服は違えども、号車友達が大勢居ました。だいたいツッパリと呼ばれた一団は、いつも空きっぱなしのドアがあったデッキの近くに屯してました。もちろん、真面目な私は車内奥で赤尾の豆単を暗記ingしてました。ときどきは・・・。
ただ、最初はabandon からなのですが、意味を見て「あきらめる」と出ていたので、一気にテンションが下がったものです。

さて、そんな通学列車に乗る機会がありました。言ってみればローカル線です。しかも4時間も。
先日、天童から秋田まで行きました。時間帯が悪く、希望の時間に到着するには、仙台廻りで秋田新幹線を使うより、こちらが早やかったからです。これはこれで驚きです。近くて遠いは新潟と秋田ってとこですね。

 今も昔も代わらないのが、勉強する生徒やおしゃべりに熱中する生徒・・・・。ただ、それより圧倒的に多かったのは、携帯を弄っているか、音楽を聴いている生徒でした。それが約7割。時代は変わったんですね。

でも、この寒いのに外套を着込んでいる生徒が、なんと少ないことか。マフラーのみ。これもファッションの移り変わりでしょうか。それにしても男子生徒も女子生徒もオシャレです。そしてスマート。ホッペの赤い生徒もいません。

昔は、女子高校生と言えば、食べるのが趣味みたいに、みんなコロコロしてダイコン足というのが定番でしたが、、この頃はみなスラーっとしてます。
年々女子の平均身長は伸びているのに、逆に平均体重が落ちてきているというデータもありました。子供時代から見た目やダイエットなんて気にしてるんでしょうね。

秋田には11:20頃到着しましたが、そんな遅い時間のローカル線にも、途中から高校生が乗車してきます。こんなに遅く学校へ行って、大丈夫なのかとこちらが心配になります。これだけ世の中が変わっているのですから、高校も大学並みに好きな科目を好きな時間に取れる選択性にでもなったのでしょうか。

いやはや浦島太郎が電車に乗ったような半日でした。

  


Posted by バリューの親方 at 06:14

2011年12月15日

少年たちよ・・・・。

13年前の小学6年生の自然体験に関する現在の小学校6年生との比較データが出ていました。
う~ん、やっぱりな~・・・。という項目とウソでしょ~~!!という項目でした。
現在の小学6年生の方が当然ながら深刻です。

 キャンプをしたことない小6は41.4%、これって大都会も含めた全国平均とは言え、山形を初め自然豊かな東北の小学校は、ちゃんとカウントされてるんだろうかと信じがたい気がします。

 海や川で泳いだことがない小6は14.5%、そう言えばこのごろ海水浴なんて死語になりつつありますが、この14.5%は善戦したほうでしょう。

 昆虫を捕まえたことがない小6は20.4%、なんと5人に一人。確かにカブトムシやクワガタはホームセンターで売ってる時代ですもんね。イナゴ獲りは別にしても、セミ獲りとかトンボ獲りとかしないんですかね。

 さらに、マッチを擦れない小6、刃物を使えない小6などなど、数え上げたらきりがないほどの信じがたいデータです。確かにそんなものできなくても、今の世の中、十分生きてはいけますけどね・・・。
前述の事柄は、あくまで現象やデータですが、そこから派生するニッポンの危機感たるや想像だにできません。

 私は長いことボーイスカトの隊長として、この年代の野外活動を指導してきました。確かに最初はおっかなびっくりです。切り傷、擦り傷、火傷は当たり前です。それが怖いから注意深くやるようになる。なんでも最初は、質よりも量の稽古が大切です。何度も何度もやって、一人前にできるようになります。

 最初は手本を見せて、注意事項を教え、見ている前でやらせてみて、ダメ出ししてあげて、さらに自分で痛い思いをしなければ、実用で使えるようにはなりません。その為に、救急法や服を着たままの立ち泳など、大事に至らない予防策を最初に教えますし、訓練場所も危険が潜んでいそうなところは、リーダーたちが何度も何度も下見をします。

 刃物だって、使い方は元より、管理方法持ち歩き方、手渡し方まで教えます。もちろん折りたたみ式とは言え、どんな小さなナイフも、ポケットへ入れておくのはご法度です。必要なときだけザックから出させる工夫をして危険を極力回避しています。

ここまでやっても、怪我はつきものです。
ただ、学校だとそう悠長なことも言ってられないのが本当のところだと思います。やれ怪我させただの管理不十分だのと親が騒ぎ立てます。滑り台は危ないから撤去しろと言った親もいるそうです。

 ボーイスカウトや野外活動の少年団は、親が是非にと入会させるのとは大きな違いがあります。

それでも、スポ少や塾には熱心な親が多い反面、ボーイスカウトやガールスカウトなどの社会教育団体に入れて、実社会で役立つ訓練をさせることには、無関心な親も多いのが現状です。

 刃物やマッチは、便利な反面、常に危険をはらんでいます。それゆえ使う子供たちもおっかなびっくりで緊張します。ヘマをすれば自分が傷つき、痛い、熱い思いをしますそんなモノを他人に向けてはいけないと言うこともそこで気づき、知るのだと思います。

昆虫を捕まえる、魚を釣りそれをさばくからこそ、生き物を意識し、命の大切さや「頂きます」の本来の意味も理解できるのだと思います。
 
これらのデータはあくまで小学校6年生のものだから・・・と考えるのは早計です。
なぜなら、そこで体験せずに、そのまま中学、高校生になり、大学、社会人となっていく子供たちを考えてみてください。
火も熾せない、刃物も使えない、木にも登れないような軟弱な青年たち・・・それが将来の日本を担う若者たちと想像すると、少しばかり恐ろしくなりませんか?

でも何にもできなくても、今はちゃんとコンビニという強い味方があります。ここへ行けば、24時間、何とかなってしまうからもっと恐ろしい。

 次の災害が来るまでに、学校では「危ない」「危険」「常識はずれ」「前例がない」「保護者が怖い」「責任問題は御免だ」といつしか禁じられていることを何らかの形で教え、体験させるか、ボーイスカウトなどと協力して、逞しいニッポンの少年たちを育成して欲しいものです。

私は、教場を屋外に求めるのが大切だと思いますし、経験豊富なリーダーが実地で教えるのが一番だと思います。

 それと、大学生には外洋ヨットでの航海訓練が最も適切だと思います。前述のすべての要素を短期間に体験的に学習するチャンスが生まれます。外洋ヨットの各艇は、クルーが不足して困っていますから一挙両得です。おっと、我田引水になってしまいました・・・。  


Posted by バリューの親方 at 18:30

2011年12月14日

凶暴増幅

 黄海と言えば、遠い昔の「黄海海戦」などでしか聞いたことのない海域です。私も中国側の青島や韓国側の仁川からはるかに眺めたことしかありません。
決して海原が黄色いわけではなかったことだけ覚えています。

この黄海で、またしても惨事が起こってしまいました。
中国漁船による韓国の海洋警察官の殺傷事件です。日本なんかよりよほど強力な軍隊を持っていそうな韓国ですら、北朝鮮や中国から死傷者を出すほどの凶悪な狼藉を受けています。しこもこの海の事件、島国でもない半島国でです。

 韓国も輸出量の1/4を中国に委ねており、言って見れば中国は大口お得意様
普通の企業ならこの位の大口お得意様を失えば、確実に行き詰りますし、下手したら倒産の憂き目に直面します。

 日本の尖閣諸島漁船衝突事件と異なり、今回の事件が起こるや韓国国民は即座に反応しました。
韓国ドラマでや竹島問題でご存知のように、韓国の人々は感情をモロに表面化させ、怒りを体全体、顔全体で表現する傾向があります。なかなか奥ゆかしい日本人とは異なる部分でもあります。

自分たちの主権が侵害されたとあれば、こうするのが最もだとも思います。もっとも、竹島の問題ではこれが逆目に出てしまってはいますが・・・。

さて、韓国政府はどうしたか。
日本政府は、中国のご機嫌を伺って、容疑者を即時解放し送還してしまいました。ちっとは中国に褒めてでももらえると思ったのでしょう。この瞬間で、中国の謝罪や遺憾の意の発言はなくなりました

 一方韓国は、したたかです。
中国を刺激せぬよう謝罪を求めるような発言はしませんでしたが、中国漁船の監督を強化して欲しいと要望したのです。さらに、広がる反中デモを大事にならぬよう、さらに潰さぬ様に世論の強い反発を世界中に報道し続けました。

「政府は謝罪要求しないが、国民世論がね~、何とかしてよ・・・」と中国政府に振ったわけです。

その結果、あろうことか中国は、それこそ人民世論の反発を受ける危機をはらみながらも「遺憾の意」を表明したというわけです。ただし、謝罪はしていません。

 これは死者が出なかったら、遺憾の意はなかったのでしょうか。
それは違うと思います。「声の大きい者には、声を大きくして訴えかける」という事が、対日本と対韓国との差になったように思えます。もう一つの違いは、中国も韓国も大陸性気質同士の主張であったことも挙げられると思います。

 大陸性気質と島国性気質とでは交渉のステージが違いすぎます。外交や経済、貿易の優位性、劣位性だけでは解決し得ない問題であるとも思えます。

一つの事件で短絡的に断定することは危険ではありますが、同様の主権を侵された事件に対して、180度違う対応をされていることだけは事実です。

願わくば、日本の対外交渉も、もうちょっと深読みして、ハードネゴシエーションをして欲しいところではあります。


  


Posted by バリューの親方 at 11:39

2011年12月13日

お、お役人様

 よく「長谷山さんは役所や役人に、なんか恨みでもあるんですか???」
と朴訥な質問を受けることがあります。日ごろそういう過激な言動があるからなのでしょうか。
社を代表しているのですから、本来、そういうことを気取られないようにしなければなりません。

でも、正直言って、私はあまり好きな部類には入りません。
「官」という文字すら嫌悪を感じてしまいます。何かがトラウマになっているのでしょうね。

 仕事が遅い、上昇志向がない、上から目線、融通が利かない、世間知らず、偏見のかたまり・・・数え上げたらキリがありません。
きっと、みんながみんなそうではないとは思いますが、これまで三十数年間会ってきた役所、役人は総じてそうでした。出会いの運が悪かったのかもしれません・・・

学校からして「在野の精神」とか「反骨の精神」とかの校風でしたから、これもまた致し方ありません。
役所や役人の上から目線と言えば、こちらも上から目線になってはいます。常に「この木っ端役人が・・・」と口には出さずともそういう気持ちで接してしまいますから、どうしても融合点が見つかりません。何を言われても常に反抗的、喧嘩腰になってしまいます。「偉っらそうに、お前ら公僕はな・・・」ってな感じです。いけませんね。

 さてさて、最近知ったのですが、山形市には友好都市である中国の吉林市に、共同で建設した友好会館があるのだそうです。2階部分にはホテルも入る2000年に竣工した3階建ての立派なもの。
ただ、当の吉林市から、法改正による設備投資が必要となり、その250万円の整備費が支払えないので閉館したいとの提案があったそうです。

これって、工場進出などの際に、合弁会社の現地法人が持ち出す常套手段とも見えますが、さすがに先方は市政府がからんでおり、競売の末、山形市が出資した資金は全額返金するとの条件を付けて来たそうです。役所にしては立派なものです。山形市はと言えば、すわ一大事とばかり、支援を申し出たのかと思いきや・・・・・。

 信じがたいことに、この話が来たのは、丁度1年前。それが今になって初めて公になった
その言い草が「書類の内容について事務レベルで精査していた」とのこと。
さらに総務部長は今更ながら「現地調査を行い、慎重に対応を検討したい」と言ったと言うから開いた口が塞がらない。それって、1年前に言うべきことでしょ。1年経って今から現地調査かい!!
相手が企業ならとっくの昔に倒産して跡形もなくなってる。

ほらね、また役所と役人が「好き」から遠のいた・・・。
でもね、公務員とは言え、自衛官や所轄の警察官、消防官など常に現場に携わっている方々には、大好きな友人が沢山います。それと、真面目そうで、実はひょうきん者が多い教職員の面々もね・・・・。  


Posted by バリューの親方 at 19:47

2011年12月11日

家計図

皆さんは何代先まで遡れますか?
おおよそ江戸時代から明治になった頃までは遡れるらしいです。
私のところは分家なのですが、5代先まで解明できました。「士族」と記されてはいましたが、たぶん下級武士だったのではないかと推測されます。なにしろ私が受け継いだ「伝家の宝刀」も、鑑定の結果、さほどいい刀ではなかったみたいですし・・・。

 旧家にはだいたい家計図と言うものが存在するやに聞いたことがあります。
でも、ほとんどがマユツバもので、最後は源氏か平氏に端を発しているケースが多いとも聞きます。
その昔、武士や公家、僧侶や神官でもなければ文字を操ることはできない、ごく限られた階級の者の知識だったはず。文字を操れないのに何で何代にも渡って記録された家計図が存在するのでしょうか・・・。やっぱり、怪しい気もしますね。

 さて、その家計図に関してですが、面白い記事を見つけました。
無資格で報酬を得て家計図を作成したという罪で、裁判となり、最高裁で逆転無罪が確定したと言う話です。何がどうして無罪となったのかは分かりませんが、その嫌疑が注目です。

無資格で・・・
ではその資格とは・・・、行政書士です。
家計図を作るにも国家資格者が行わなければならないとは知りませんでした。もっとも報酬を得てということだとは思いますが・・・。
家計図作りにかかわるのは、当の本人たちと探偵、それに郷土史家ぐらいと思ってました。

 確かに、家計図は戸籍で裏を取らなければなりませんから、行政書士などは職権も使いやすいのかもしれません。でも、なんで行政書士が・・・と思ってしまいます。
よくよく調べてみれば「実社会生活に交渉を有する事項についての証明」「われわれの社会生活上重要な利害に関係がある事実を証明しうる文書」は行政書士のお仕事の内なのだそうです。

でも、家計図ってそんなに大それた文書なの?と思ってしまいます。
ただ、国家資格者が調べて証明したとなれば、遺産相続などの証拠文書にもなると言うのであれば、話は別ですけど。

 いずれにしても、家計図は自分のご先祖様に会いに行く、あるいはルーツを探る、ある意味でワクワクドキドキの謎解きアドベンチャーです。
国家資格者の手を借りるのも手っ取り早いのでしょうけど、自力でやってみると案外知られざる系譜が明らかになって面白いものです。

天皇家の末裔だったと自慢げに家計図を見せてくれた友人もいます。信じがたい過去に繋がっているかも知れませんよ。

  


Posted by バリューの親方 at 15:51

2011年12月09日

高齢者受難の時代

 このごろ感じることは、とにかく回り近所、知り合い、縁戚に老人、失礼、高齢者がが多くなったということです。。
しかも、ボケたの寝たきりだのと人格や尊厳すらも危うくするような話題が尽きません。

そして、恐ろしいデータを知りました。
それは厚生労働省が出した「高齢者に対する虐待件数」です。毎年右肩上がりで伸びていき、2010年度は家庭内で16、668件でした。ニュースにも随分出た感がありましたが、意外に少なかったのが施設内での虐待です。何と96件です。合計の対前年伸び率は7%アップです。

その中身が注目に値します。
被害者の約半分が認知症だったそうです。また被害者の77%が女性42%が80歳代だそうです。これは、女性のほうが長生きなので、比率的にも高くなっているのかもしれません。
ただ、加害者を見てビックリです。

息子が43%、娘が16%実の子供からが60%を占めます
ドラマなどの題材で取り上げられる息子の嫁は7%と意外な結果でした。 そして虐待の内容はと言えば、暴力などの身体的虐待が63%でトップだそうです。

 いままで育ててくれて、苦労して大学まで出してくれたボケた母親を、実の子供が暴力的に虐待するという構図が見えてきます。寒々しい限りですが、自分がその立場にあったならと考えると、正義感ぶるだけでは済まない様な気もします。

 ウチの父や母は、もし一人ぼっちで生き残り、自分が何ものなのか分からなくなったら、どうぞ構わず施設にでも何でも入れてくれと言います。
最後の最後は人としての尊厳を守りたいということなのかもしれません。とは言え、これからの日本どんどんどんどん高齢者が増えていきます。いくら施設を増やしていっても、到底追いつくわけがないと思います。

そうすると、いやおうなしに家庭介護が当たり前になってくるでしょう。今回のデータは他人事とばかりは言っておれない気がします。  


Posted by バリューの親方 at 01:40

2011年12月08日

70年目の今日

 今朝、朝礼で「今日はどんな日だか知っていますか?」質問し、ある社員に振ってみました。彼が知らなければ、たぶん誰も答えられないだろうという思惑から、指名しました。
小さな声で返答がありました。「真珠湾攻撃の・・・日・・・ですか?」

今を去ること70年前の出来事です。
歴史や勝負事に「たら・れば」はタブーとは言われますが、それでもこの大東亜戦争だけは「していなかったら」を想像したい歴史的出来事です

止むに止まれずとは言え、相手を傷つけることもなかったろうし、自らも傷つくことも無かったでしょう。
そして多くの犠牲を払った敗戦は、信じがたい復興をもたらしました。正に奇跡的です。

この復興は、日本だからできたと日本以外の国々から評価され、また賞賛もされました。
実際は借金まみれで成長性やGDPでは中国に引けをとるとは言え、まだまだ世界の経済に大きな影響力を発揮し続けています

 アメリカの爺さんたちは、未だに「日本は宣戦布告もせずに卑怯な騙まし討ちをした」と語っていました。米国が真珠湾攻撃を事前に探知していたにせよ、真珠湾では多くの米兵が亡くなっています。国民感情としては「騙まし討ち」と言いたくなるのも理解できます。
ただ、宣戦布告なしに戦争を始めた歴史など枚挙に暇がありませんし、当の米国も宣戦布告などそっちのけで、侵略を繰り返していた歴史もあります。

 通常の宣戦布告とは「何月何日の何時から、あんたと戦争しますからね!!」という宣言ではないようです。戦争回避交渉打ち切りと言う「最後通牒」を突きつけ、あとはどうなっても知りませんよ!みんなあなたのせいですからね!!というのが宣戦布告と言われているものだそうです。
いずれにしても先手を取ったのは日本でした。

 ただ、この先手、実は真珠湾よりもっと早く先制攻撃していた事実が最近明らかになりました。それは同じ12月8日の未明ですが、真珠湾攻撃の数時間前、陸軍の海南島駐留部隊が、英領マレーのコタバルを奇襲し、激戦の末、上陸していたとい言うのです。

 その後この部隊は南下し、やがて昭南島と言われたシンガポールを陥落させます。もちろん英国にだってオランダにだって宣戦布告も最後通牒も出していません。でも、英国やオランダは奇襲攻撃を受けたとは言いましたが、騙まし討されたとは言ってません。
ヨーロッパでも戦争していた英国は、アメリカのように国民世論を煽る余裕などなかったと言うことなのでしょうね。

 軍事活動政治交渉軍事戦略政治戦略と言うのは、時として全くリンクしていないことも間々あるように感じます。
ベクトルは同じ方へ向いているのでしょうが、時間軸に差が出てきたのかもしれません。真珠湾攻撃だって、サムライの国日本が、卑怯にもわざと通告を遅らせるとは考えにくい。

米国だけでなく、日本でさえも政治の世論誘導とは時として、一国を戦争に駆り立てるという恐ろしい影響力を有しています。でも、この頃は世論調査で政治が動く、世論の政治誘導みたいなことが日常的になってきました。どちらかというと、こちらの方がよっぽどイイですけどね。
  


Posted by バリューの親方 at 23:38

2011年12月05日

 このタイトルの旅行雑誌をご存知でしょうか。
昔は旅の本家本元とも言える日本交通公社から出されていました。創刊の歴史は古く大正13年と言います。堅実な取材記事で私は好きな雑誌でした。「遠くへ行きたい」を地でいく雑誌でもありました。

 その「旅」も来年の1月20日の3月号を最後に休刊となるそうです。
出版界の休刊は事実上の廃刊です。これまで休刊が解かれて復活した雑誌は数えるほどしかありません。全盛期には20万部を超えるベストセラー旅雑誌でした。

 その「旅」もJTBから新潮社に版元が移った折には一時、女性向けへ路線変更して発刊し続けたのでしたが、ご多分にもれずインターネットやテレビ番組の普及で、如何ともし難くなったのでしょう。

この本には思い出があります。
 
私は高校時代、部としては認められていなかった合気道を南高生や山大生に混ぜてもらって稽古する傍ら、文芸部やユースホステル愛好会にも顔を出していました。ワハハ本舗座長の佐藤正宏君とはこの文芸部で一緒でしたし、部の顧問は、NHK朝の連続テレビドラマにもなった、あの「ああ、東京行進曲」を執筆した結城亮一先生です。
そのユースホステル愛好会のバイブルが「ブルーガイド」とこの「旅」だたのです。

 この旅には、モノクロで色ザラ紙の読者投稿ページがありました。
そこへ投稿したものが掲載されたことがありました。高校2年の時です。

その内容とは「天童は将棋駒の町。その将棋駒に駒職人が、オリジナルで自分の名前を彫ってくれる。」というものです。この名入れは当時手間隙がかかり、よく知った地元民でなければなかなか彫ってくれませんでしたが、私は銀行支店長だった親父のツテをたよって、彫ってもらっていました。

その当時は、表には自分の名前を、そして裏には恋人の名前を彫り込んだものを2個作り、お互いに持ち合うなんていうのも流行らせました。
その投稿が掲載されてから、一気にこの手の注文が増えたと聞きました。

ただ、そのオリジナル駒には弱点もありました。
忙しい最中へのイレギュラーな注文で、なおかつ一個一個手彫りしたものに、漆で文字を染めるという手間がかかり、完成まで1週間もかかってしまいました。
せっかく観光で来たお客さんには、その場で渡すことが不可能で、機会を損失していました。

 その後、この駒は栄春堂という駒屋さんで改良されました。それは逆手の発想で、駒を最初から黒くし、そこへ文字を彫りこんでいけば、下地の生地の文字が浮かび上がるという手法です。
これならお客さんが待ってる間に完成します。

この栄春堂の今は亡き若主人に、この投稿記事を見せたことがありました。
「へぇ~、あんたが井戸を掘った人だったのか・・・。それを改良したのが、この俺なんだ・・・。いやはや凄い出会いだなぁ」

その「旅」もまもなく休刊。
出版系の仕事をしていた私の趣味は、創刊号を買い求めることでした。
今回は、「旅」の休刊記念号を買い、思い出と共に大切に保管しようと思います。


  


Posted by バリューの親方 at 06:06

2011年12月04日

フラット35Sエコ&ベーシック

 フラット35
ご存知の方も多いと思いますが、旧住宅金融工、現在の住宅金融支援機構が爆発的ヒットを飛ばした35年間固定レートの住宅ローン商品です。

ただでさえ、安い固定金利から数ヶ月前まではさらに1%の金利割引までしてくれていました。ただ、現在は予算が尽きて、割引幅は0.3%になっていました。

それが、第3次補正予算のおかげで、大幅割引が復活しました。
今回は被災地復興支援と省CO2対策推進というテーマ性を前面に出した割引です。

ただ、仕組みが複雑でプロである我々でもなかなか理解に苦しみます。
今回は、全部で4タイプのバリエーションができました。それぞれクリアすべき基準値が異なりますし、割引期間の長さや割引期間が終了した後のオマケ割引期間が異なります

ただ、いずれにしても割引になると言うことですから朗報です。
商品は以下の4タイプです。金利割引とは、通常のフラット35の金利から割り引かれると言う意味です。
ちなみに私どもが代理店をしているフラット35Sの今月の金利は融資期間21年~35年が2.21%、20年以下は1.92%です。ここから割引になるのですから、超がつくくらいお得です。

フラット35Sエコ金利Aタイプ・・・・当初5年間0.7%割引 6年目以降20年目まで0.3%割引
フラット35Sエコ金利Bタイプ・・・・当初5年間0.7%割引 6年目以降10年目まで0.3%割引
フラット35Sベーシック金利Aタイプ・・・・当初20年間0.3%割引
フラット35Sベーシック金利Aタイプ・・・・当初10年間0.3%割引

上に行くほどクリアすべき基準値や条件が厳しくなりますし、そのためには建築費もかさむ恐れがあります。

ちなみにフラット35Sエコ金利Aタイプ「長期優良住宅」の基準レベル。フラット35Sエコ金利Bタイプは、これまでのフラット35Sの基準レベルフラット35Sベーシック金利Aタイプなら普通に建てていけばクリアできるレベルではないでしょうか。

今回は、被災地復興の趣旨もありますから、フラット35Sエコは、指定された被災地に建てるのであれば、0.7%ではなく、0.1%割り引かれます。

 さらに、今回の目玉は、中古住宅市場の活性化対策ということで、基準をクリアすれば、全てのタイプで中古住宅でも適用になります。しかも、これまでは許されていなかった「買ってからリフォーム」して基準をクリアしたものもOKで、しかもそのリフォーム費用も上乗せして融資を受けることができるようになりました。

 一旦終了していた住宅版エコポイントもポイントが半減しましたが、復活を果たしました。
住宅を購入する方にも住宅業界にも追い風と言うことです。
ただ、それに冷や水を浴びせるのが、消費税の値上げです。人生での最大金額の買い物の住宅、その金額に課せられる消費税が倍になったのでは大変です。なんとか特定減免措置でもして欲しいものです。
  


Posted by バリューの親方 at 06:06

2011年12月03日

頭上の敵機 眼下の敵

両方とも有名な戦争映画です。
でも相手は、大方の想像が出来る敵ですから、戦う術は何とかあります

でもこの頃、各業界では起死回生を狙って、異業種からの進出が続いています。つまり、見えない敵です。

 今や家具や電気の量販店がシステムキッチンや水周り商品をバンバン売る時代です。
リフォーム業者は戦々恐々として現状に慄いています。正に見えない敵です。戦術や戦法が既存業界とは全く違うのです。

 住宅業界と言えば、とうとう出てきました。見えない敵の登場です。ただ、参戦するのは見えましたが、戦略戦術は全く見えません
それはヤマダ電機です。そうです、毎週新聞折込チラシが入り、毎日TVCMが流れるあのヤマダ電機です。圧倒的な集客力を持っています。

さらにヤマダ電機は、かの有名なハウスビルダー「S×L(エス・バイ・エル)」を傘下に収めました。

3年後には、全国3100店舗で売上3140億円を目指す計画で、来春300人の新卒採用も行う予定だそうです。住宅事業には山田会長自らが陣頭指揮を執る気合の入れようです。


 ただ、ここで問題なのは、ターゲットとしているのは、大手ハウスメーカーでもなくフランチャイズでもなく、なんと地道にやっている地場工務店ということです。
なぜなら、住宅関連マーケットは、地場工務店が80%のシェアを有しているからです。ここからパイをもぎ取ろうと言うわけです。
ただでさえ地場工務店数は5年以内に半減すると言われているこの厳しい時代に、虚を突いての進撃です。

 地場工務店の弱点である、大量集客と大量宣伝を得意とする相手です。しかも、建築技術はエス・バイ・エルの確かな技術で裏打ちされています。
さらに、職人気質で口ベタな地場工務店が、絶対的脅威と思われるのは、ヤマダ電機は店頭販売の密着接客が華です。名うての店頭販売員が相手では、ムッツリの工務店では相手になりません。

 これを脅威に感じれるかどうかが、地場工務店の生き死にに関わってきます
もっとも、今は被災地復興支援建築で大工は引く手あまたです。2、3年後、復興バブルが消えると同時に工務店も消えてしまうのでは、これまで建ててくださったお客様が迷惑します。

 大工を抱えていない私どもは、地場工務店の範疇よりは、どちらかというと地場ビルダーというカテゴリーに入りますが、立ち位置としては同様です。
私どもは、9月にオープンさせた見せる劇場型のショールーム全コミコミパックの販売方法で、この見えない敵を迎撃しようと企んでします。

果たしてこの勝負、どうなりますか・・・。






  


Posted by バリューの親方 at 14:14